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2021年10月 3日 (日)

「終(つい)の暮らし」

Img_20211003_0001 久しぶりに曽野綾子さんの本を読みました。
90歳になられたのですね。
曽野綾子さんの夫は三浦朱門さん。
2年ほど前にご主人を見送られています。

言葉の綴り方が美しくて、私にはとても響きました。
60年以上も書くことを生業にされてきた方は90歳になった今もまるでご飯を食べるように書くことを続けておられます。

夫の三浦朱門さんだけでなく、ご自身のお母さんと朱門さんのご両親という3人の親を自宅で看取られたそうです。
人は自分の人生を終えるまでにすべてのモノを捨てて片付けて、
自分が亡くなった時には何も残さないのがよい、とされています。
家でさえも木と紙でできた建物に暮らし、死んだら3日で取り壊せばいい、と。

40年前に自分で設計図を引き、建てた木造の家は1階に広い1フロアーの居間兼キッチンがあり、朱門さんが車椅子生活になっても困らなかったそうです。
風が通り抜ける設計が大切だと書いてありました。
朝一番に窓を開けて家の中に風を通すこと。

60を過ぎたころから「棄てる」ことを始めたそうです。
そうですね。
死ぬときに持って行けるものなんてなんにもありませんからね。

気っぷの良い生き方に勇気づけられます。

人間には、それほど多くのものは要らない。
気持ちよく、静かに眠れる空間と寝床。
温かいお湯がいつでも出る浴室。
清潔なトイレ。
そして私の場合なら、体の痛みに耐えうるような姿勢で書ける執筆用の椅子と、タイプライターとしての機能にしか使わないコンピューター。
それと食べたいものを買ってきて食べられる少しのお金。
それだけだ。

Img_20211003_0004 最近、認知症の本やら人生終末期の本ばかり読んでいる気がする。
自分がそういうことを意識するような年齢になったということなのかなあ?
読みながらいつもグループホームにいる母のことが思い浮かぶ。
この終末期の過ごし方は母にとってはとても「幸せな人生だった」とは言えないなあと感じる。
施設の方が職業的にいくら親切に接してくださったとしても・・・。

対照的なこの本は副題通り「50代の独身男の介護奮闘記」
私よりもずっとずっとお母さんの自宅での介護を頑張っておられたけど、
最終的にはやはり力尽きて、施設のお世話になることになってしまう。

家族だからこそ優しくなれない、ということがある。
受け入れてもらえる施設というものがあるからこそ、自分が壊れる前に逃げることもできるのだ。
家族としてだったら叱ってしまうようなことでも、仕事としてやっていれば許せる、ということは現実にはいくらでもあるのだ。
どうせすぐに忘れてしまうなら、その時その時を優しく接してくれる施設の職員と過ごす方が、本人には心地いいのかもしれない。
それは決して間違っているとはいえないだろう。

曾野綾子さんの心の持ち方。
そこには懐の大きな強い愛情が備わっている。

私には「愛」が足りない。

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