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2023年5月21日 (日)

「銀河鉄道の父」門井慶喜

Img_20230520_0001 「銀河鉄道の夜」を書いた宮沢賢治の父・宮沢政次郎のお話。
映画を観て、この原作本を図書館で借りました。
様々な分野に秀でたちょっと変わり者の童話作家。
そんな印象を持っていた宮沢賢治さんでしたが、
父親の視点から見るとあっちにフラフラこっちにフラフラしながら、
家族にいっぱい心配をかけながら、やっと生き進んでいた人であったことがわかります。

この本で門井慶喜さんは直木賞を受賞されています。
濃密な家族の物語です。
1章の目次のタイトルにもなっている「父でありすぎる」政次郎さん。
父親というより母性的な愛で長男の賢治を見守り続けます。
病気で入院した時には母や看護婦よりも自分が付きっきりで看病する。
そんな父に生涯、支えられながら生きる賢治。

家族の距離感が細やかに丁寧に描かれている。
父と子。厳しく育てねばと思いつつも、突き放すことができず、
口も出し、金も出しで、ついつい甘やかしてしまう父・政次郎。
妹のトシの存在を心の拠り所にして生きる賢治。
トシが病に倒れてからは、賢治が付きっきりで看病する。
賢治が童話を書き始めたのは、トシにせがまれてのことだった。
トシを失くして悲しみの底に打ち沈んでしまうが、
童話や詩を描き続けた原動力はトシの存在あってこそのものだった。
賢治自身も終末期には弟の清六に書いたものすべてを託す。
あれだけ愛を注がれた父にではなくて、弟に託すのだ。
この兄妹弟との関係。これがとてもいい。いかにも家族らしくて、よく理解できる。

「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ・・・」の詩は、もう死が迫った賢治が病床で遺言のように書いた詩でした。
手が思うように動かなくなり、ひらがなが欠けなくなり、書きやすいカタカナで小さな手帳にやっと綴った詩。
38歳という若さなのに、もう悟りを開いたかのような言葉は、生き辛かった賢治が死の間際に綴った一遍。
この詩が他のどの作品より一番誰もに知られる作品になったのですね。

花巻の宮沢賢治記念館に2度も行ったことは、先日も書きましたが、
ふと本棚を見れば、宮沢賢治の童話や本が何冊も見つかる我が家です。
擬音や抽象的な心象風景が書かれている宮沢賢治のお話は、
分かりにくいけど、なんだか心に強く問いかけてくるものがあります。
ザワザワするけどなんだか惹かれる世界です。


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