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書籍・雑誌

2020年8月 8日 (土)

「しあわせしりとり」

Img_20200804_0002 時間に追われるような日々の中、ちょこっとページを開くとホッとする益田ミリワールド。
他愛もない日々の何気ない心のひだが綴られています。

この感性が好きだな~。

読むとホッとして気分が変わる。

またヨシッ、がんばろ~って思える。

画像の上でクリックすると大きな画面が開いて、読むことができます。
ちょっとひと休みにいかがですか?
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2020年8月 1日 (土)

「野原をかける」荻野久子詩集

Img_20200802_0009 庭代台の子ども文庫である『ニコニコ文庫』を創設された荻野久子さんの詩集を見せていただきました。
子どもを愛する一人のお母さんが、地域の子どもたちがいつでも通ってこれる小さな図書館をご自宅に作ったのは1980年のことでした。
6年後には、庭代台の地域会館に一つの部屋を設けてもらうことができて文庫は引っ越されました。
それからなんと40年!
ニコニコ文庫は今も活動を続けておられます。Photo_20200802130102

我が家の子どもたちも、30年も以前には放課後にお世話になりました。
荻野さんご自身は、5年前に故郷の京丹後に引っ越されたようです。

この春できたばかりの手のひらサイズの詩集には、
荻野さんのお母さんとしての優しさ、小さな地球で一緒に生きている草花や木々、自然に寄り添う気持ちが溢れています。

Photo_20200802130103画像の上で左クリックすると大きな画面が開いて読むことができます。

時には心に刺さるように、心の揺れが伝わってきます。

ゆっくりゆっくり何度も読み返したくなりました。
豊かなひととき。

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2ページに渡っている詩を一つ書き出させていただきます。

「秘密の寶物」
何かしら動いている
地上を踏んづけながら
こんなにすばしこく

子ども等は
ただ
山に、川に
探検に行くPhoto_20200802131701
草ぐさは
元気な足元におののくだろう
川の水は、目を細めて
彼等の赤い顔を笑うかもしれない

お前達は
あの小さなひとかけらの
秘密の宝物を
そっと今から
守って行けるだろうか



2020年6月25日 (木)

「長いお別れ」

Img_20200625_0001”喪失感“というのはやる気をなくさせる。
ずっと長い間、大学の後輩の夢子さんのブログ「いろはにほへと」に遊びに行くのを日課にしていた。
彼女が亡くなってから、心にぽっかりと穴が開いている。
彼女のブログが更新されないことはわかっているのに、ついついクリックしそうになる。
クリックしてしまうともっと悲しくなるのに。

仕事があることに救われている。
行かなければいけないと決められているところには行けるのは幸せなことだ。
一人の時間をうまく使えなくなっている。
何にもやる気が起こらない。
家では何にもしていない。
何にもする気が起こらない。

愉しいことがあると、その後は余計に淋しさが押し寄せてくる。

気を紛らわせてくれるような温かいテレビ番組もやってないし、
バラエティ番組がワイワイガヤガヤと騒いでいるのを見るとイライラする。

図書館で借りていた本があることを思い出して、読み始めたら一気に読み終えてしまった。
認知症の父親を10年にわたって支え続けた家族のお話。
昨年映画化もされていて、観に行った作品だ。
認知症になった父親を山崎勉さんが怪演している。
奥さん役を松原智恵子さん、娘役を竹内結子、蒼井優が演じている。
とてもいい映画だった。

 

認知症を患っても、そこここに覗き見えるその人ならではの人間性。
それを大切に扱う奥さんや娘たちは温かい。
徘徊し、迷った先で出会った知らない子供たちと愉しそうにメリーゴーランドに乗る父。
いろんなことが分からなくなりながらも、
人生の道のりの中で迷う娘たちに力を与えるお父さん。

最後はアメリカの学校で不登校になっている孫が、
校長先生との面談で、
おじいちゃんが亡くなったことを話す場面で終わる。
このおじいちゃんのことを校長先生に打ち明けたことで、
彼は救われたんじゃないかという希望が見える。

校長先生はアメリカではこの別れのことを「Long Goodby(長いお別れ)」と言うのだと教えてくれる。
長い時間をかけて、家族と別れていく、人生と別れていく認知症。
辛い現実を、おとぎ話のように描いている。

少し心が温かくなった。

 

2020年2月 1日 (土)

「騎士団長殺し」

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久々に村上春樹ワールドにどっぷりと浸りました。
上下全4巻の長編小説ですが、1部から3部までは、あっという間に読み進み、4部に入ってから少し止まってしまっていました。
心臓検査の病院の長~い待ち時間にその4部を読み終えることができました。

例えば、
「朝の早い時間に、まだ何も描かれていない真っ白なキャンバスをただじっと眺めるのが昔から好きだった。私はそれを個人的に「キャンバス禅」と名付けていた。まだ何も描かれていないけれど、そこにあるのは決して空白ではない。その真っ白な画面には、来たるべきものがひっそり姿を隠している。目を凝らすといくつもの可能性がそこにあり、それらがやがてひとつの有効な手がかりへと集約されていく。そのような瞬間が好きだった。存在と非存在が混ざり合っていく瞬間だ。」
だとか、
「林の静寂の中では、時間が流れ、人生が移ろいゆく音までが聴き取れそうだった。一人の人間が去って、別の一人がやってくる。ひとつの思いが去り、別の思いがやってくる。ひとつの形象が去り、別の形象がやってくる。この私自身さえ、日々の重なりの中で少しずつ崩れては再生されていく。何ひとつ同じ場所には留まらない。そして、時間は失われていく。時間は私の背後で、次から次へ死んだ砂となって崩れ、消えていく。私はその穴の前に座って、時間の死んでいく音にただ耳を澄ませていた。」
だとか、
「でも、まったく正しいこととか、まったく正しくないことなんて、果たしてこの世界に存在するものだろうか?我々の生きているこの世界では、雨は三十パーセント降ったり、七十パーセント降ったりする。たぶん真実だって同じようなものだろう。三十パーセント真実であったり、七十パーセント真実であったりする。その点カラスは楽でいい。カラスたちにとって雨は降っているか降っていないか、そのどちらかだ。パーセンテージなんてものが彼らの頭をよぎることはない。」

こういう感じの言葉の連なりがとても心地よくて好きです。
現実の中にふとポッカリと穴が開いて、
そこから非現実のおとぎの世界に迷い込む。
真実がどちらの世界にあるのか、そんなことはどうでもよくなってしまう。
真実と思っていたものが、くるりと様相を変えて、正反対の顔を見せる。

30年以上も前にその不思議な心の世界に夢中になった「ノルウェイの森」
その後の「海辺のカフカ」
中にはついていけなかった「ねじまき鳥クロニエル」なんていうのもあるけれど、
今回の「騎士団長殺し」は、なんだかスッと気持ちに落ちました。

あの全くドラマチックじゃない普通の風貌を持ったおじさんの中から、
こういう物語が紡ぎだされるのが、あ~、なんだか不思議に思えるのだけどな~。
YOSHIKIみたいな風貌の人だったらなるほどな~と腑に落ちるのにな~と思ったりする。

村上ワールドは素敵だ。
読み終わった後、いつもしばらくは手元から離せなくなる。
★★★★★

 

2019年11月29日 (金)

オトーさんとお母さん

Img_9870 益田ミリさんの「オトーさんという男」「お母さんという女」の2冊は、
ご自身のご両親のことを本に紹介されたものです。
思いっきり私的な内容。
お母さんのことだけで1冊の本が書けてしまうって、
作家なる人って面白いな~。
益田さんはイラストレーターという肩書になっているようですが、
エッセイ文もとても素敵です。
一つの内容をエッセイと漫画と両方で綴っています。
ご自身がどんなに深い愛情を持って育てられたかがとてもよくわかります。
例えばこんな感じです。
「どんな育てられ方をしたんだろう」というセリフは、
職場でよく耳にすることばです。
若い子が入ってきて、ちゃんとできていなかったりする場面を目にすると、
すぐにこのセリフで切り捨てるお局さんをよく見かけます。
どんな育てられ方をしたとしても、
それはその人本人のせいではないんだよな~といつも感じます。
そんなことで切り捨てられる若い人が可哀そう😖
そんなモヤモヤを逆バージョンでバッサリと晴らしてくれたこのページ❗Img_9904_20191130223401

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Img_0393 先に「お母さんという女」の方を読みました。
あ~、暖かいな~。
子育てってこれでいいんだよな~って感じると、
「オトーさんという男」の方も読んでみたくなり、図書館で予約しました。
家族の中でのオトーさんの微妙な立ち位置が感じられてクスッとしながら読みました。
なんだかんだと扱いが面倒くさいオトーさんが、実はとても愛すべき人で、
それでいてちゃんと筋の通った生き方をされていることがわかります。
この絶妙な匙加減がさすがな益田ミリさんです。
この「荷物を持たない」オトーさんの生き方は素敵だな。
後、お祭りの屋台でどんどんポケットから小銭が出てきて、
いくらでもいくらでも金魚すくいをさせてくれるようなオトーさん、
ケンタッキーフライドチキンが大好きで、
時々買ってくるときには、家族では絶対に食べきれないほど買ってきて、
翌日のお弁当にまで入れなければならないのが常だったオトーさん・・・だとか、
その「ケチケチしない」ところが大好きだったというミリさん。

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Img_20191129_0001_20191130223901 そのオトーさんとの別れを書いた「永遠のおでかけ」
病を得たオトーさんとの家族としての向き合い方。
オトーさんの旅立ちの中でも、
そして、オトーさんがいなくなった世界の上にも、
何でもない日常生活が進んでいき、
そこにはお母さんとクスッと笑いあうようにひと時もあること、
そして、いなくなったはずのオトーさんが自分の中で大きな存在として生き続けていること、
時間の流れの中で、哀しみや喪失感から少しずつ解放されていく心、
その不思議さ。
改めて家族という存在の深い暖かさを感じさせてもらえます。
深刻にならないサラリとした読み心地がいい😃


 

2019年11月13日 (水)

「家族の練習問題」

Img_20191113_0001「保育園、行かな~い~ッ!」と毎朝、大暴れして泣きじゃくる3歳の息子くんに、
とうとう負けて、保育園を退園させた娘。
たった3歳でも、大人と同じようにしゃべくりまくって自己主張をする小さな人。
その息子くんの言い分に、とても悩みながらも寄り添わずにはいられない娘。

娘の母である私は、孫の心配より、悩んでいる娘の心配をしています😵
我が子3歳にして子育ての壁か~😵

お母さんには「先生、怒るから行かないねん!」という3歳児。
私がリサーチしてみる。
「かなた、保育園、嫌なん?先生、怒る?」
「先生、怒らないよ。かなたが保育園行ったら、お母さん、寂しいねん」
いやいや、お母さんにはこう答え、おばあちゃんにはこう答える👀
3歳児の知恵に驚かされます👀

まだ3歳。家でお母さんとべったり一緒に過ごしたいというのが本当のところなのでしょう。
いい、いい、それでいいよ😃

そんな娘が勧めてくれた一冊には、
子育てや家族の機微に優しく寄り添うヒントが散りばめられていました。
団士郎さん自身の子育てや家族の記録にもなっています。

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「物を買い与えるより、与えないことが難しい時代になった。
手に入らないことを通じて学ぶ貴重なことがあるのを発見する機会が手に入らない、
という奇妙な時代になった。

喜びも悲しみも、
満足も不満も、
みな子どもを育てる。
そのどれもに溢れた生活こそが、人の心を育てるのだと思う。

こんな形式なので、あっという間に読めてしまいますが、
読み終わった後には心がほっこり暖かくなります。
よし、この心の在り方、考え方をヒントにしよう✨



 

2019年9月23日 (月)

「すーちゃん」益田ミリ

Img_e9701 益田ミリさんの絵本「はやくはやくっていわないで」を読んで
涙が出そうになりました。
「早く、早く」って言ったことがないお母さんなんているでしょうか?
どんなにゆったりと子どもと向き合おうとているお母さんだって、
知らず知らず口にしてしまうこの言葉・・・。
私もよく言ってたな・・・。

我が子を心配するがあまりに
ついつい「早く早く」を言ってしまう親心。
成長することをも急かしてしまう。
でも、今なら分かります😃
生まれてから30年くらいもすると、
どの子も、それなりに自分の生き方を見つけて歩き出せるものですよって・・・。
成長のスピードは人それぞれ。
ゆっくりゆっくり大人になったって全然かまわない。
大切なのは人生に絶望せずに生き続けること!

子ども時代には自分では言葉にできないその想いを、
自身が幼かったころのことと重ねて、
絵本にしてしまった益田ミリさん。
この絵本を読んで、もっと他の益田さんの著作を読んでみたくなりました。

 

著作の主なものは4コマ漫画形式なので、
あっという間に読み終えてしまえます。
娘がいっぱい持っていたので、
借りて読んだのと、
自分でも買ってきて一気読みしました。
本の帯に
「一冊読み終えたあと
なんとなく、表紙を
ながめます」とありますが、
まさにそんな一冊なのです。
「いい本だったな」

Img_e9702 アラフォーになっても独身生活を続けるすーちゃんのモデルは、
200万円の貯金を携えて、イラストレーターになるために上京したご自身なのでしょう。
すーちゃんは小さなカフェの店長さんですが、
自分を取り巻く人間関係に悩んだり、
家族のことを心配したりしながら日々を重ねていく中で
綴られていく何気ないつぶやきには
共感できるところがいっぱいあります。

アラフォー独身女子なんて今や世に溢れているとは思いますが、
その親世代の方々が読んでも面白いシリーズではないでしょうか?
自分でも、これではいけないな~と感じつつも直せないこと、
真面目に日々を重ねていくこと、
大好きだと思えることを追求していくこと・・・。
そんなすーちゃんが教えてくれるのは、
多少ぐちゃぐちゃな部分があったとしても、
ありのままの自分を受け入れて生きていくことはいいことだ!
という自己肯定なのです。

「前進する日もしない日も」は、エッセイ集です。
新聞やWebマガジンに掲載されたものをまとめたものです。
文字数に制限があったり、締め切り期限があったりしたのでしょう。
ちょっと言葉足らずな印象もありますが、
それが余計に日常のつぶやきっぽくっていい感じです。
この中の「大人って」の文章は、
40歳になった。から始まりますが、
その中の一節にハッとさせられました。

わたしは人を嫌いになると、嫌いが胸の中いっぱいになってしまう。そして、嫌いになった人は嫌いなままでしかなく、許すとか、許さないとかそういう次元を越えて、ひたすら嫌いなのだった。嫌いなまま忘れて暮らしていて、ときどきなにかの拍子に、ああ嫌いでけっこうだ、ワッハッハッと確認する。嫌いな人が好物と言っていた食べ物を嫌いになったりするし、自分が嫌いな人と仲がいい人も、それだけで少し嫌いなのだった。

「嫌い」という感情を分析してみることって御法度みたいな空気ありますよね?
でも「嫌い」という思いがどんなものであるのかを説いたこの感性、共感でき過ぎる~!
“40歳”を今の自分の歳に置き換えても、そのまんまにわかる~!

「47都道府県 女ひとりで行ってみよう」を今、読んでいます。
月に一度、47都道府県をひとり旅すると決心して始めた旅の紀行文。
なんでもない日々を重ねていく中に面白さを見つけ出すミリさんならではの感性にハマります😃

 

 

2019年6月30日 (日)

「医師は40歳までに「病院」を辞めなさい」

~超高齢社会に必要な町医者のススメ~という副題の付いた嶋田一郎先生の本が出ました。Img_20190630_0002

認知症の母を診ていただくうちに、今では自分もお世話になっています。

幼い頃に高知の祖母宅に預けられていて、乳幼児期の母子密着が足りなかったせいか、母とはうまく行かないままに育ってきた私です。
大学生になったのを気に家を出て以来ずっと母とはあまり連絡も取らずに、
まあ一年に一度ぐらいたまに会っても、やっぱり気が合わないなあと確認し合うような関係を続けてきました。
「あんたにだけは世話にならんわ」と言い続けていた母が、
「あんたの近くに引っ越そうかなあ」と言い出したのは4年前でした。

気楽な一人暮らしを続けていましたが、日常生活の中でいろいろとうまくいかないことが出てきていたのかもしれません。
引っ越してくる一年前ほどからは、住んでいる寝屋川から電車を2回ほど乗り換えて堺の我が家まで辿り着くのに、どうも乗り間違えるらしく、4時間ほどもかかって到着しては、
「変なところに行ってしまって、駅の人に聞いてもちゃんと教えてくれない!」と怒っていたりしました。

近くの公営住宅の1階の部屋が空くのを待って、母が引っ越してきたのは4年前の春。
友だちもいないこちらの暮らしで部屋に引きこもることになってしまってはいけないと思い、
デイサービスなどを使えるようにできないかと市役所に相談に行きました。

近くの大学病院で認知症の検査を受け、診断をもらい、
包括支援センターというところを初めて訪ねては手順を聞き、
介護認定や主治医になってもらえる先生を紹介してもらい、
引っ越し後3か月が経つ頃に、やっと暮らしが軌道に乗り始めました。

寝屋川ではたった一軒の内科医から10種類以上もの薬が出され、しかもどの薬をいつ飲むかもよく分からなくなっていて、種類ごとに分けてある薬のケースが一応あるものの、とてもちゃんと飲めているとは思えない状態でした。
本当にこんなにたくさんの薬が必要なのか疑問に思えました。

主治医になってくださった内科の先生に薬が減らせないものか相談しつつ、
膝が痛いと言われては整形外科へ、
皮膚湿疹がかゆくてたまらないと言われては皮膚科へ、
トイレにばかり立つと言われては泌尿器科へ、と通う診療所は増える一方。
行くところ行くところで毎月1回は様子を見せに来てくださいと言われ、通う病院はどんどん増えていきました。
そして、行く先々で先生の認知症に対する捉え方が違っていて迷うことばかりが増えていきました。
中には、「こんなに薬ばっかり飲んでるから認知症が進むんですよ。全部止めてしまったら良くなりますよ」とおっしゃる先生もいました。
もちろん、既往症があってこその薬なんだから、止めたらダメですとおっしゃる先生がほとんどだし、
また他の先生が判断されて出すようになった薬を自分の判断で勝手に変更することは礼儀に反する、という不文律があるようで、
なかなか先生の本音を話してくださることもないのです。

そんな中で泌尿器科に数か月通ううちに、
「これは泌尿器の問題というよりは、認知症に関係があるかもしれません。神経内科の先生を紹介しましょう」と言ってくださったのが、
嶋田一郎先生との出会いに繋がったのです。
検査検査の大学病院には行きたくないです、と言えば、「普通の診療所ですから大丈夫ですよ」とのこと。
新患は取らないという嶋田先生ですが、この泌尿器科の先生とは強く連携を取られていたので、なんとか隙間に入れてくださったのです。

初めてお会いした嶋田先生に、これまでたくさんの病院にかかってきた経緯や
先生方の言われることがそれぞれ違っていてどうしたらいいかわからなくて困っていることなどを聞いていただきました。

穏やかに耳を傾けながら私のグチャグチャな悩みを整理整頓し、
まずは認知症で服用している薬を変えてみることを提案してくださって、
すぐに主治医である内科医に連絡を取ってくださいました。

「あ~、こんな先生は初めてだ」
地域の医療機関の連携を図り、
介護や福祉のエリアもひっくるめて患者をフォローして行こうと取り組んでおられる嶋田先生の動きの早さでした。

その後も母と共に診察を重ねる中で、
主治医である先生に気遣いをしてくださりつつ、
私には自分の見解を話してくださり、
介護の大変さを労ってもくださるので、
いつのまにか私が先生に相談に乗ってもらうことが中心のようになりました。

話が戻りますが、母は嶋田先生と出会う半年ほど前には通っていた整形外科で、
膝の人工関節の手術を勧められ、専門の大きな病院を紹介されて流れに乗るままに、
まずは右膝を人工関節にする手術を受けました。
6週間に及んだ入院生活が、認知症にどういう影響を及ぼすかの説明は
それとこれとは別物と考えているかのように全くしてくれなかったのですが、
病棟の看護師さんたちには認知症ならではの母のこだわりや融通の利かなさに配慮するような訓練はされていないらしく、
「勝手なことばかりされて何かあってもこちらは責任を取りませんよ」と冷たい口調で驚くようなことまで言われていました。
同じ病室のおばあちゃんたちがとても優しく母をフォローしてくださったので、なんとか入院生活を無事に終えることができて感謝しています。

退院後は認知症に拍車がかかり、
電灯やエアコン、テレビのスイッチの区別がつかなくなり、
給湯器のスイッチの入り切りが覚えられなくって、
お風呂に入ったり、ガス調理器もうまく使えなくなりました。
電気コンロに変えると、またその使い方が覚えられずで、
食事も作らなくなってしまいました。

宅配のお弁当は美味しくないと言っては黙ってそのまま捨ててしまい、
私が作って持っていく夕食以外は、
飴玉とアイスキャンディーばかりを食べているようになりました。

週3回の大好きなデイサービスには毎日、真夏の炎天下で迎えの車を待つようになり、
通りがかりの見ず知らずの人に助けられては、
私の携帯に電話が入るようになりました。

そんなこんなで、母は一年前についにグループホームにお世話になることに・・・。
大好きだったお酒もタバコも取り上げられ、
飴玉やアイスキャンデーももう自由には食べられなくなりました。
口に入るものはすべてきっちり管理されています。
部屋で勝手に食べることもできません。

グループホームには在宅医療の診療所が入っていて
なんと月2回の診察があり、
しかも家族の付き添いは必要なしと言われ、
月ごとの報告が文書ではあるものの、
そこには温かさも何も感じられません。

母と私はグループホームでの医療ケアとは別に、
今も6週間に一度嶋田先生を訪ねて温かい力をいただいています。

この本は、医者を職業とする後輩たちへのメッセージとして、
地域医療を目指すためのノウハウを解き明かし、
これからの高齢化社会に向けての在宅医療の重要性、大切さを示すものではありますが、
同時に嶋田一郎という人の生き方、
医師と言う職業の醍醐味を伝える痛快な一冊でもあります。

ラストには
「アイデアをチーム一丸となって考え、実践するのは楽しいものです。
自分のためではなく、誰かを幸せにするために、気心の知れた仲間たちと頑張ることはワクワクする体験です。」
という言葉があります。
これこそが嶋田先生の医療に対するスタンスなのでしょう。
とても嬉しくなりました。

患者として読んでも、そこに学ぶことはたくさんあります。
泉北タウンに嶋田一郎先生あり!

幻冬舎から定価800円で発売されています。
この辺りでは書店にも平積みされていますし、
amazonでも購入できます。
ぜひ読んでみてください。

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